ゼロの愛人 第7話


「一体何の騒ぎだ。外まで声が聞こえているぞ」

眉を顰めながら食堂の扉を開けた藤堂は、店内を見回した。
食事の手を止め、立ち上がっている殺気立った客達。
不愉快気に顔を歪めている千葉を始めとした、女性団員。
普段は厨房にいるはずのルルーシュ。
倒れたテーブルと濡れた床、転がったグラス。
その側に立つ玉城とその取り巻き。
それだけで現状を何となく把握した藤堂は、視線を千葉に向けた。

「お疲れ様です、藤堂さん」

千葉がすかさず頭を下げると、その場にいた団員は同じように「お疲れ様です」と頭を下げた。同じ幹部と呼ばれる人間でも、玉城とは雲泥の差の対応に、玉城の機嫌はますます降下していった。

「おい、千葉!それにてめーら!俺には挨拶なしだったくせに、なんで藤堂には頭下げんだよ!」
「何を解りきった事を。人望の差だ」

怒る意味が解らないなと、ルルーシュは肩をすくめた。

「んだとこのブリキ野郎が!」
「やめんか玉城!・・・で、どうしてこんな事になっているんだ?」

何となく察するものはあるが、先入観はいけないと、藤堂は千葉に尋ねた。

「それが、見ての通り今は客が多く、料理が出来るのをある程度皆待っているのですが、玉城は店内に入ると同時に、幹部の自分の分は今すぐ作れと言いはじめまして」
「ふむ・・・」

藤堂は頷きながら玉城を見た。
倒れたテーブル、落ちているグラス、床をぬらす水。
掃除のために持ってきたであろうモップと雑巾。
よく見るとグラスの一つは割れていた。
少なくても料理は無いようだ。

「そこでクロ君が、既に注文が来て同時に作れるものなら一緒に用意できるが、そうでないなら順番に作るから無理だと答えました」
「なるほどな、所でル・・・クロ君、もし玉城が急ぎの用で、至急作ってほしいという話だった場合はどうなるのかな?」

ちなみにカレンからブラックリベリオンで頭に怪我をし、過去の記憶が不明瞭になっていると説明されているため、藤堂はゼロにもルルーシュの素性を明かすことなく、見守っている。ルルーシュはうまく立ちまわっているが、ブリタニア人であるというだけで風当たりは強い。ルルーシュを見てコソコソと何やら噂をする姿はよく見るし、じっとその姿を見る者、厨房を睨みつけている者も多い。だからこの機会に、ルルーシュの考え方を周りに聞かせる方向に持って行くことにした。
何よりブリタニアと戦っている黒の騎士団の団員である以上、緊急な案件が入る事はある。その時の対応を明確にしておこうと思ったのだ。

「至急という話しはよくあります。ですがその場合”今から会議があるからどうにかならないか”とか、”何分しかないが、それまでに出せるものはないか”というように聞いて来ます。その場合、すぐに出せるうどんやそば、カレーライスなどを出しています。あとはそうですね、事前に連絡をいただいた場合は、お弁当という形で渡す事もあります」

カレーは温めるだけ。
うどんとそばは茹でるだけだし、めんつゆは市販のものを使っている。
だから他のものに比べて、出すまでの時間は短い。
その答えに、藤堂は笑顔で頷いた。

「成程な、それならすぐに出せるわけだ。で、玉城は何を注文したのかな?」
「煮込みハンバーグとてんぷらの盛り合わせ、鶏の竜田揚げ、生姜焼きとレバニラ炒めですね」

ハンバーグは煮込む時間があるし、てんぷらも竜田揚げも注文が来てから揚げている。生姜焼きとレバニラ炒めもこれから炒めるから、どれもすぐに出せ無い。
しかも大盛りでという指定付き。
玉城が引きつれているチンピラ崩れの二人の分も含まれているのだろう。
言いたくはないが玉城は金払いが悪い・・・というか、いつもツケでと言って払わないため、かなりの金額になっている。

「ところで玉城、急ぎでと言う事は、この後何か予定があるのか?」

今日は何も無いはずだが?と、藤堂は尋ねた。
だからこそ藤堂は今の時間まで、新たに建設される集合住宅の方へ手伝いに行っていたのだ。人は多く資材もあるが住む場所が無い。
今はテントなどで多くの者が暮らしているが、出来るだけ早く住める場所を用意したいのだ。建設中の集合住宅は手狭な間取りだが、それでもいいからと、男たちは毎日汗水流して働いている。
今後の作戦ももちろん進めてはいるが、土台造りも大事な仕事なのだ。

「いいじゃねーか。腹へって店に来たんだから、すぐ食べたいだろうが!」

玉城にとって、藤堂は後から来た人間だ。
最初からゼロの傍にいる自分の方が偉い、と思い込んでいる節があり、藤堂にも上から目線で怒鳴りつけた。
その回答を聞き、藤堂は先ほどまでの笑顔を消して頷いた。

「クロ君、ここはいいから君は厨房に戻りなさい。まだ料理の途中なのだろう?皆をあまり待たせてはいけない」

実は玉城が騒いでいる声が外にも聞こえていたため、中に入れずにいる団員が何人も店の外にいるのだ。

「よろしいのですか?では失礼いたします」

そういうと、ルルーシュは辺りを見回し、声をかけた。

「皆さま、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。もしよろしければ、試作品の羊羹がありますので、口直しにそちらを試食していってください」

そういうと、チラリと視線を千葉に流した。
了解したと頷き、千葉は他の団員の女性と共に厨房奥へ向かった。
明日試作品として提供しようと今朝仕込んだ羊羹だったのだが、この時間なら既に固まっているだろう。それを千葉たちも知っている為、切り分けて小皿に乗せ、各テーブルを回った。
厨房からは再び小気味よい調理の音と共に、美味しそうな匂いが流れてくる。
既に食事を終えた団員が、自主的に玉城が倒したテーブルといすを直し、掃除をし、割れたグラスを片付けるのを、玉城の怒鳴り声を聞きながら確認していた藤堂は、店内に関しては、料理が遅いとか、騒がしかった事に関するクレームは無さそうだと判断し「では、続きは別の場所で聞こう」と、玉城の腕を引いて店を後にした。
後に残された舎弟らしき二人も慌てて店を後にし、そのあまりにも滑稽な姿に店内は笑いが起き、再び賑やかな食堂が戻ってきた。

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